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channel3 / I didn't know [LAシーン]

チャンネル3のことは、2度と忘れられない。
after the lights go out は大好きだった。ものすごくよく聴いた。
FEARだ、BLACKFLAGだ、と西海岸シーンはいろいろ評価が分かれるだろうが、
僕はやっぱりチャンネル3のこのアルバムだ。
タイトルがかっこいい。ジャケもいい。曲もいい。
文句なしだ。

90年代前半にLAの新聞でチャンネル3のライブが”RAJI’S”であることを知った。
ハリウッドだから、歩いて行けるところにあった。
ちょっと前に下見に飲みに行った。

場所はわかった。青色の扉。
「BLADDER,BLADDER,BLADDER」が出ていた。
気の良い酔っ払いのパンクロックのおっさんだった。
ホテルの近くにあったレコード屋で働いていたおっさんだった。
LA滞在中のドライブ用に、after the lights go out のカセットテープをそこで買ったはずだ。

現地視察、スケジュール確認完了。
店では星条旗を背負ったスキンヘッズに「この黄色人種のなんとかこうとか...」ののしられ、
帰り道に箱乗りのローライダーどもに大声でからかわれた。
相方にむかって「OH,SID VICIOUS!げらげらげら」てな具合だ。
人通りのない夜中の歩道には私たちしか歩いていなかったからしょうがない。
やつらのからかう餌食は私たちしかいなかったから。

当日、わくわくして行ったら、店が開いていない。
何やら、地震で...そうだ、思い出した。LA地震の2週間後くらいだった。
神戸の地震の丸1年前ごろの話だ。

もとい。
当日、わくわくして行ったら、店が開いていない。
続きだ。
地震で建物自体に使用制限がでてしまったようだった。
しばらく打ちひしがれて、店の前でボーっとしていたら、
柄の悪そうな古くて長い、セダンかハードトップのアメ車が店の前に停まった。
寿司詰めの車から出てきた、やたら柄の悪そうな連中のうちの青色に髪を染めた歯のかけた男が
「いったいどうなってんだ?」
と聞いてきた。
事情はよくわからんが開店してない、と彼らに告げると、
アメグラのファラオのボスみたいな、リーゼント風のその男はしゃがれ声で、
「何い、俺たちはサンフランシスコから飛ばしてきたんだぜ、チャンネル3とプレイ
するためによオ」
てな具合でしばらく様子を見たり、貼り紙を見たりしていた。
何やらもそもそ相談したあと、「証拠」にバンドのステッカーを店の扉にたたきつけるように
貼り付け、車で走り去った。
ステッカーには「swingin' utters」と書いてあった。

残念ながら、CH3を見ることはできなかった。
でも「stupid girl」「all my dream」等速さ、軽さ、メロディラインもとてもいい。
後のメロコアとは違うメロディアスさが詰まっている。
出色は「I didn't know」だ。神々しい程のできだ。
LAでのドライブ用に買ったこのアルバムのカセットテープが家のどこかにあるはずだ。
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